ひめゆりの塔

沖縄県の観光情報


ひめゆりの塔4.2

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お勧め時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

平和記念公園の近くに大きな石碑が建てられており、地下壕の野戦病院で働いていた女子生徒と教師たちに捧げられている。沖縄戦が終盤に近づいたころ、2つの高校から222人の女子生徒と18人の女性教師が動員され、石碑の下にある地下壕の中で看護婦として働いていた。生存者はごくわずかだった。

隣接する博物館には、この地下壕の実物大のジオラマと生存者が語りかけるビデオ映像を見ることができ、当時の様子を彷彿とさせる。石碑と博物館を訪れたあとには、言葉に尽くせない思いに満たされることになるが、終戦に向けて起こった悲劇的状況を語り続ける場所となっている。

目的日本についての知識プロ向け,観光名所
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口コミ

5.01 年前

戦争で動員された女子学生たちの悲惨さがよくわかります。
入場料も安く、必見のポイントです。
ハンカチではなく、タオルを持って涙を拭きながら戦争はよくないことなんだということを学習するよい場所です。

1.02 か月前

館内のビデオでは当時の学徒隊の方々の貴重な体験談が見られます。ですがそれはおおよそ見聞きした内容でした。
「日本は資源を求めて侵略戦争をした」などと説明してあり非常に不快でした。また英語字幕などではさりげなく中国に都合の良い事が書かれていました。ひめゆりの塔(無料)には罪はありませんが、資料館(450円)は展示品も少なく行く価値はないです。

5.01 か月前

お国のためだと真っ直ぐに信じて大切な命を賭して闘い抜いた人々にはただただ頭が下がる思いです。多くの人々の犠牲と努力があって今の社会がある、私も微力ながら次の世代の人々がこころ豊かに暮らせるよう一歩一歩前に進んでいきます。

5.01 か月前

ひめゆりの塔は、ひめゆり学徒隊の最後の地の一つである伊原第三外科壕の上に建てられた慰霊碑です。同壕は沖縄陸軍病院第三外科勤務の職員やひめゆり学徒隊が南部撤退後に避難した壕で、1945年6月19日朝、米軍の攻撃で多くの生徒や教師が亡くなりました。
戦争の悲惨を後世に語り継ぐために、1989年6月23日にひめゆり平和祈念資料館が開館しました。遺品、写真、生存者の証言映像、伊原第三外科壕内部を再現したジオラマなどが展示されています。
2021年4月21日にリニューアルしました。更に多くの人が訪れ、平和への祈りや大切さを感じて欲しい場所です。

5.01 年前

戦争史跡は後世に確り伝え残すべき

レビュー (1)

X27

これらの洞窟は病院として使用されたことを信じることができません。

これらの洞窟は病院として使用されたことを信じることができません。

You can't believe that these caves were used as hospitals.

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