室生寺

奈良県の観光情報


室生寺4.1

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お勧め時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

室生寺は奈良県東部の山地にある真言宗のお寺で、9世紀に建てられたもの。高野山を本部とする真言宗のほとんどお寺は女人禁制となっているが、室生寺は女性信者を受け入れたため、「女の高野山」と呼ばれている。寺の周辺は古くから聖なる土地と考えられており、8世紀には病気になった天皇を癒すために、僧侶たちがこの地に送られ、病気平癒の祈祷が行われた。

数多くの国宝や重要文化財があふれており、多くの木製仏像を収めた檜皮葺(ひわだぶき)の金堂が有名。高さ16メートルの五重塔は1998年の台風で倒壊したが、その後修復されている。

目的シニア向け,シュール&クール,パワースポット,大自然,女性好み,日本の秘境,神社・寺,私は芸術が好きだ,観光名所
最寄りの空港/駅大阪国際空港(伊丹空港) (約61.9km) Google Transit

口コミ

5.02 週間前

昔から天皇が雨乞い祈願をした聖域で、室生寺から徒歩25分くらいしたところに、室生寺より先に祀られていたと言われる吉祥龍穴があります。
室生寺は古来、吉祥龍穴を元宮とする龍穴神社に付属する寺院と言われています。
室生寺の奥院はかなりの急で長い階段での移動ですが、清々しいところでした。

そんな参拝するのに大変な奥院へ、杖を使いながらの老齢男性が女性に付き添われての参拝も見かけ、信仰厚い寺院と感じました。
奥院の朱印は、こちらでお願い出来ます。

5.01 か月前

2018年6月訪問。太鼓橋を渡って室生寺に入り、金堂から本堂へ。修復されたご本尊と貴重な曼荼羅をお坊さんによる詳しい説明付きで拝観。その後、数百段ある胸突き石段をひたすら登って奥の院へ。汗をかいたけれど入梅前の比較的乾いた空気のお陰で不快ではなく、山寺探検を堪能しました。
太鼓橋から200mほど東にある駐車場(交番あり)が他より100円安いようです。

5.01 か月前

2019 10 23

本日、室生寺にて参拝させて頂きました。初めての参拝です。

近鉄室生口大野駅から室生寺前行きバスに乗って来ました。そのバスからの景色がとても良かった🎵何度か写真を撮りたいと思いましたが、バスが早く走るので撮ることができなくて残念でした。室生寺ってこのような景色の良い場所にあるのだなぁと思いながら来ました。

弥勒堂の弥勒菩薩を参拝させて頂きました。小さいですが存在感があります🎵

本堂には、ご本尊様の如意輪観音菩薩様が居られます。奥の院に行く前に拝見して、奥の院の帰りにもう一度拝見しました。手が6本あります。絶妙なバランスです。味わい深い菩薩様ですね🎵

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室生の地は火山性地形のため、奇岩や洞穴が多いです。洞穴は竜穴、すなわち竜神の住み家として信仰を集め、当地は祈雨や止雨の霊地とみなされました。室生寺の創建については、役小角(役行者)の草創、空海の再興とする伝えもありますが、これらは後世の付託です。史料によれば、この寺は奈良時代末期の宝亀年間(770 - 781年)、興福寺の僧・賢璟(けんきょう/けんけい、714 - 793年)によって開かれました。その後、平安時代を通じて室生寺は興福寺別院としての性格が強く、俗世を離れた山林修行の場、また、諸宗の学問道場としての性格ももっておりました。中世以降の室生寺は密教色を強めるものの、なお興福寺の末寺でした。興福寺の傘下を離れ、真言宗寺院となるのは江戸時代のことです。真言宗の拠点である高野山がかつては女人禁制であったことから、室生寺には「女人高野」の別名がありますが、この別名も江戸時代以降のものである。

室生寺の創建にかかわる根本史料として、『宀一山年分度者奏状』(べんいちさん ねんぶんどしゃ そうじょう)という文書があります。この文書は承平7年(937年)の作成ですが、現存するものは南北朝時代の写本で、神奈川県立金沢文庫が所蔵する。本文書は年分度者を賜ることを奏上するためのものですが、その前文に室生寺の歴史について記されております。それによると、宝亀年間、時の皇太子(山部親王、のちの桓武天皇)が病を得た際、浄行僧(行いの正しい僧)5名を室生山に派遣して延寿法を修させたところ効験があった。その後、賢璟は山部親王(または即位後の桓武天皇)の命で室生山に寺を建立したという。前述の「浄行僧5名」には賢璟も含まれていたと推定されます。

なお、宝亀年間に賢璟はすでに60歳代で、彼の在世中にどこまで寺観が整っていたかはわからず、室生寺の実質的な創建者は次代の修円(771 - 835年)であろうと言われております。修円は興福寺別当を務めるとともに、日本天台宗の宗祖である最澄とも交流があった。修円の在世中には、空海の高弟である真泰が室生に入山しました。承和10年(835年)頃には円修と堅慧(けんえ/けんね)が入山しております。円修は修円と混同されたこともありましたが別人の天台宗の学僧であり、初代天台座主の義真の弟子です。堅慧は空海の弟子とされ、かつては真言僧と考えられておりましたが、園城寺(三井寺)に伝わる「大唐国日本国付法血脈図記」によれば、やはり義真の弟子とされております。

室生寺は中世を通じ興福寺末でしたが、江戸時代の元禄7年(1694年)に護持院隆光の拝領するところとなり、護国寺末の真言寺院となりました。翌年、徳川綱吉生母の桂昌院は室生寺に2千両を寄進し、これをもとに堂塔の修理が行われました。元禄11年(1698年)、室生寺は真言宗豊山派の一本寺となって護国寺から独立し、現代に至ります。

1964年には真言宗豊山派から独立し、真言宗室生寺派の大本山となりました。

5.01 か月前

芸術的佇まい。五重塔の左階段奥に奥之院に行く道が繋がっている事に当初気が付かなかった。また、そこまで行くのに急な階段が続いた。頂上に舞台があるとは思わず美しい街の景色が見る事が出来た。清水寺を思わせた。トイレはなかったのですましてから参拝すると良さそう。

4.03 週間前

とてものどかで、しあわせな時間を過ごせましたが、奥之院までの階段本当に疲れました。普段運動していなかったので足元が上がらす、こけそうになるはとても必死でした(笑)でも、頂上の景色 や手を合わせることで、幸せでした‼️

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