玉陵

沖縄県の観光情報


【世界遺産】玉陵2.6

LINEで送る
このスポットに行くGoogle Transit

平成12年(2000年)に世界遺産登録された「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の1つである玉陵。
歴代琉球王が眠るこの陵墓は、沖縄戦で被害を受けてしまった後、約3年の月日をかけて修復されている。
沖縄県最初で最大の破風墓。((はふばか)とは、沖縄特有の墓の形式の一種で家屋同様の屋根があるもののうち、屋根が破風形となっているものである。)
周囲は石垣で囲まれ、墓室は東西に連なる自然の崖壁に穴をあけ、連続した3つの室が造られた。
外見は木造建築を模し、棟には尚家の家紋や牡丹・唐草・宝珠等が彫りこまれ、左右袖塔上には陵墓を守護する石彫りの獅子像が置かれている。

住所:沖縄県那覇市首里金城町1丁目3、首里城公園内「守礼門」から歩いても3分ほど
最寄駅:首里駅で下車、徒歩15分
車:那覇空港から車で30~40分
駐車場:首里城公園駐車場で、150分500円
料金:大人300円、小人(中学生以下)150円

目的世界遺産,歴史,観光名所
最寄りの空港/駅首里駅 (約1.1km) Google Transit

口コミ

3.0過去 1 週間以内

尚泰

琉球王国最後の王。1848年わずか4歳で即位し,1854年に琉米修好条約,1855年に琉仏修好条約,1859年に琉蘭修好条約を結んだ。1872年琉球藩設置に伴い,琉球藩王となり,華族として東京に藩邸を与えられた。1879年琉球藩に沖縄県が設置されると首里城も出ることとなり,琉球藩は消滅した。明治政府より上京を命令され,華族として東京へ居を移した。のち華族令の発令により侯爵となり,1901年に59歳で亡くなった。墓所は沖縄県那覇市の琉球王家の陵墓・玉陵である。

琉球処分

明治政府のもとでなされた沖縄に対する強行的な廃藩置県。政府は,明治5 (1872) 年に琉球国を廃して琉球藩とし,中央政府の管轄とした。 1875年には内務官僚松田道之を処分官として琉球に派遣し,中国との関係を廃絶することを要求するなど,政府の処分の方針を伝えた。政府のこの措置に対しては,地元の士族層を中心とする反対運動があったが,政府は軍隊と警官を差向けてそれを押え,79年3月,琉球藩を廃し,沖縄県を設置する旨通告した。旧国王は東京移住を命じられ,ここに琉球王国は約 500年にわたる歴史を閉じて,日本の一県として措定された。

5.05 か月前

戦時中の爆撃や日米の攻防にも辛うじて耐えた王家の墓(ただし、砲撃で外観などは崩壊しました)欄干の柵に蝙蝠が彫られて不気味だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。かつて、琉球弧や日本はもとより、東洋においてコウモリは不吉な象徴ではなく、むしろおめでたい縁起物でした。しかし、明治維新と日本による琉球滅亡のおりに西洋の考えを善しとする政府の方針によって、コウモリ、カラス、オオカミなどの神聖視されていた動物たちに、不気味で不吉なイメージが付いてしまいました。
そんなコウモリも玉陵では守り神として居続けるのです。

4.0過去 1 週間以内

入場料300円也。はじめに地下の展示室に行って、説明文を読むと理解深まります。
墓所には、入れませんが、雰囲気は良くわかります。すっきりとした感じです。

4.01 か月前

首里城の近くにあります。
首里城に行ったら歩いて数分なので、
行ってみてください。 空気感が全然違います。
歴史感と静寂性のある場所でした。

4.0過去 1 週間以内

玉陵は首里城公園のすぐ近くにあり、
ここを訪れるとまず資料館に入るようすすめられます。
琉球の歴史とこのお墓の意味がわかりとても勉強になりますよ。

レビュー (0)